小林リキ活動報告

蕨市で活躍する全力の男・ 小林リキの活動をお伝えするブログです。

2008年07月

今夜は蕨青年会議所OB会の

関係でお弔いの受付をした。

施主の先輩から直接依頼の電話があった。

幹事長と云う立場上、先輩をはじめ

多くの方々に協力依頼をさせてもらった。

何とか大過なく受付は終了した。

明日も引き続き11:00から

受付をさせていただく。

ご協力いただいた皆さん、

ありがとうございました。

トウモロコシをガブリ!

まずは美味しそうなトウモロコシにすごい形相でかぶりつく乙女(娘6歳)

よほどおいしそうに見えたのだろう。




食べてみたらやっぱり美味しかったと本人の弁。

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バイオエタノール。

今まで美味しく食べていた食料が燃料にかわってしまう。

現在、食品には適さない植物でのバイオエタノール

生成が研究されていると言うが早急にお願いしたい。

地球規模で食料需給の悪化が叫ばれている。

『何とかトウモロコシのような美味しい

 食物からは燃料を作らないで欲しい』と

思うのは私だけだろうか・・・

AM5:00起床。朝食を摂り着替える。

AM6:10出発。ラジオ体操の中央東小学校へ。

数日前から娘と参加している。

AM6:30、」ラジオから元気な声が聞こえて来る。

毎日日本全国津々浦々からのラジオ生中継だ。

地元の子ども達の元気な声も聞こえて来る。

ラジオ体操の歌→ラジオ体操第1→ラジオ体操第2

→出席カードにハンコをもらう。

約15分の軽い運動でココロもカラダも軽くなる。

この小学校は他界した長兄が第1期卒業生だ。

その時のモニュメントに当時の兄の名前がある。

娘にそれを教えた。

何だか・・・爽やかに複雑な顔をしていた(^^ゞ

【小林克規と記】
記念碑


【ラジオ体操出席表】
出席カード

顔見知りのご老人が公園の前で立ち止まり

空を見上げていた。

『どうしたのかな?』と思ったが

そのまま手を休めずに地面と向き合っていた。

その後、近所のご婦人が『夕日がとっても綺麗よ』

と教えてくれた。

下ばかり見ていたので気付かなかった夕日。

子どもの頃に見た絶妙のボカしが効いた

夕焼け空だった。
懐かしい夕焼け

防犯砂利、なるモノを購入した。

ガラス素材の再利用とかで

熱処理して、軽石状、である。

軽石状なので当然ながら軽い。

地面に敷き詰める。

そして、踏んでみる。

【ザクッザクッ】っと大きな音がする。

深夜の寝静まった頃では相当大きな音だろう。

しかし残念・・・でもある。

こんな商品があまり売れない社会に

したいものである。

【パッケージとそのモノ】
防犯砂利

今日も暑かった・・・(*_*;

仕事中にセミを見つけた。

既に死んでいたセミ。

亡骸は吹きだまりにあった。

地面に穴を掘り、埋葬してあげた。

何だろう・・・この心境・・・

何故か心持ちがいい。

自己満足?それだけだろうか?自問自答・・・

生死に礼をつくしたと云う小さな責任を

果たした達成感もあると思う。

【セミ・・・合掌】
セミの埋葬

夕刻から長期滞在していた

母を送りに日光へ向かう。

今日も埼玉は34度あった。

雨上がりの靄が立つ日光。

こちらに着くと気温もさることながら

まちを包む空気自体が違う。

一晩泊って明日の早朝蕨に戻る。

寝る前には肌寒くて長袖のパジャマを着た。

これでも数年前より暑くなったそうである。

自宅から2時間弱。

別天地である。

日付が変わってすぐに
大きな揺れで目を覚ました。

しばらくの間ゆっくりと
大きな横揺れが続いた。

すぐにテレビをつけると
緊急でニュース画面が割って入った。

震度6強!
ものすごい震度が画面に表示されていた。

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深夜から夜明けへ。
正確な情報が刻一刻と流れて来る。

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今現在、重傷の方はいるものの、
亡くなった方、行方不明の方はいないようだ。

被災地は多くの被害でしょうが・・・不幸中の幸いである。

日々の危機管理が実を結んだ。
備えあれば憂いなしの結果、との見解がメディアで
報道されていた。

今、首都圏が震災に見舞われたら・・・

万一の時、『不幸中の幸いだった』とか
『備えあれば憂いなしだった』と言えるような
環境を整えておきたいと思った。

数日前から実家の義母が蕨に来てくれている。

今日は娘がいないからか、カミサンがとても

私の事に気を掛けてくれている。

ちょっとした事だがやはりいつもとは違う。

賑やかな娘がいないので手持無沙汰なのだろう。

今日も暑かった。帰宅→入浴→夕食を頂いたが

今日は焼肉だった。美味しいキムチもあった。

母が買って来てくれたらしい。感謝です。

あれ?これはもしかして・・・

十数年後、いや数年後、娘が嫁いだ時の

夫婦のシュミレーションかな?とも感じた。

なんだかとてもうれしかった。

今日は筋肉痛で目覚めた。

今日から3日間、娘は蓼科へ林間学校。

娘はどんな気持ちなのだろうか?

きっと大きな期待と、少しの不安を持って

これからバスに乗るのだろう。

彼女を見送る・・・

6歳の娘の背中がいつもより大きく見えた。

08娘、蓼科へ

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