小林リキ活動報告

蕨市で活躍する全力の男・ 小林リキの活動をお伝えするブログです。

2013年03月

今日は蕨文化ホールくるるで開催された
『識って見たい―幕末・明治の版画と暁斎』
に伺いました。
詳細は→こちら
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「画家」という、もったいぶった名前の前に、「絵師(絵の職人)」と呼ばれていた江戸時代の「絵かき」には、今の日本では想像もできないほど、桁違いにスケールが大きい巨人がいる。巨人というより「怪人」いや、人間を超えた「怪物」と呼んだほうがいい。

「画狂人」と名乗った葛飾北斎はもちろんその一人。その北斎に習って「狂斎」を画号とした「河鍋暁斎」。日本では知名度はまだ低いものの、欧米では浮世絵の北斎、安藤広重に次ぐ評価を得ている。

天保2年(1831)、茨城県古河市に武士の二男に生まれた暁斎は、明治中期の22年(1889)に東京・根岸で59歳で死んだ。(子規庵、豆腐専門店「笹の雪」の近く)

本人は、埼玉県や蕨市には全く縁はなかった。孫娘の代から第二次大戦中の強制疎開で赤羽へ、さらに昭和19年(1944)蕨市に移転した

暁斎の遺作のコレクターであり研究家でもある、暁斎のひ孫である蕨眼科医院長の河鍋楠美さん(医学博士)が昭和61年(1986)、蕨市南町4丁目に「河鍋暁斎記念美術館」(写真)を立ち上げた。日本一小さな市の貴重な文化施設だ。

私が暁斎を知ったのはいつごろだろう。岩波文庫の「河鍋暁斎戯画集」が埃をかぶったまま本棚に積んであるので、第一冊が出た1988年ごろのことだ。

急に身近くなったのは、10年の文化の日、蕨宿商店街が開いた宿場まつりを見に行ったら、店に暁斎の作品が飾ってあった。昔を思い出して、人に尋ね尋ねて記念美術館まで自転車の脚を伸ばしたからだ。

自分では線も円も描けないのに、人の絵を見ることだけは大好き。これまでいくつの展覧会を見に行ったことだろう。現役時代、文学探訪ということで、現役時代ゴーギャンを訪ねてタヒチまで行ったこともある(終焉の地には行けなかったのが残念)。

その河鍋楠美さんが12月12日(日)に「蕨市立文化ホール くるる」で「河鍋暁斎 その人と美」と題する講演(資料代500円)をされるという。一か月前からカレンダーに書きこみ、楽しみに待っていて、さいたま市から隣市に出かけた。

「くるる」は駅前で、誰でも分かる。市長も出席していて、挨拶した。なかなか暁斎のこともご存知のようで、その後も静聴していたのに感心した。東京近郊の小さい市は、文化で立つほかない。

こんな面白い話を聞いたのは初めてだった。江戸っ子の楠見さんの歯切れのいい解説もさることながら、暁斎のすごさにほとほと感じ入った。

ウグイス色の和服が似合いの楠見さんは、結構のお年のよう、それでもパソコンのパワーポイントを駆使した見事なプレゼンテーション。私は、本業の後、10年近くPR稼業をやっていたので、うまさがよく分かる。講演の始まりは、「暁斎」を「ぎょうさい」ではなく、「きょうさい」と読んで下さいだった。

暁斎の本質を一言で突いた言葉だ。私も前に、このブログで「蕨市 日本一のまち」を書いた時。あわてて「きょうさい」と書き直したことを思い出した。

何が「狂」なのか。

楠美さんの話は、実に説得力があった。話を基に、私流に解釈すれば、暁斎の素晴らしさは、浮世絵、狩野派の基礎の上に、「速く何でも描ける」独自の画風と、酒好き。それにサービスとユーモア精神の過剰だろう。それがオーソドックスな画壇や評論家に排斥され、日本ではあまり知られていない。

私も酒好きなので、酒を飯代わりに飲んでいた横山大観に惚れ込んで、茨城県の五浦海岸まで日本美術院の研究所の跡を訪ねたこともある。暁斎と大観。「一緒に飲めば、どっちが強かったのか」と思うだけで楽しい。

NHKの「坂の上の雲」を見ていると秋山好古は毎晩、欠け茶碗一つで5合酒を飲んでいたという。当時はアルコール度が低かったのだろうか。「ほんとかな」と気になっている。飲ん兵衛の私もその量に圧倒されるばかり。年とともに酒量は減るばかり、酔ってばかりである。次回は「狂」について楠美さんの話を続けたい。

今日で神津島ともお別れ。
お世話になった民宿のご夫婦に
お礼を告げ、港へ向かいました。

お別れのセレモニー、そして乗船。

紙テープは投げられ、そして切れます。
しかし島の皆さんにお世話になったという
感謝の絆は切れません。
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糸ヘンに半と書いて『絆』とはよく言ったものです。
そう・・・本当に大事なものは眼には観えないのですから。
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船中で徒然に・・・

研修中に、子ども達に『お礼を言いなさい』と
礼儀を教える場面がありました。

他人から優しさを享けたらお礼を言うのは当然でしょう。

しかし、小学校6年生に『お礼をしなさい』との
お礼の強制は、本当の意味の教育でしょうか。

強制されていくうちに感謝の真の意義を
知る場合もあるでしょう。

確かにそう言えば・・・
どちらとも言えません。

ただ、こう思うのです・・・

神津島。

この島は伝説では神様が
集まった島であるとの事で
こう名付けられたそうです。

八百万の神を信じる日本。

イザナギの神とイザナミの女神は
まず失敗から学びました。

挨拶をすると気持ちはどうなるか?
挨拶を交わすたびに
爽やかな気持ちになる事は
きっとみんな体験で知っています。

挨拶をしないと気持ちはどうなるか?
???????????

挨拶をさせるのが教育ではなく、
挨拶する有意義さを知ってもらうのが
教育ではないでしょうか。

二柱の神様と較べては失礼ですが
私も今まで多くの失敗をしてきました。

非行・交通事故・貴賤への不信、
常識との折り合い・劣等感・喧嘩、
仲違い・身勝手な別離・等々・・・

『失敗のプロ?』故に思うのですが
1つの成功からは1つの学びを得られますが
1つの失敗からは私は数倍の学びを頂きました。

痛い目に合うと、とことん骨身に沁みて
そこから生き抜くために学習するからでしょう。

その『失敗』をそのまま『失敗』のままで
終わらすか否かは本人の自覚次第でしょう。

私は今まで自分なりに
『失敗』をその後の暮らしぶりに
活かしてきたつもりです(^.^)

挨拶をしない事で起きる不都合を躰で
覚えられれば一生挨拶を励行するでしょう。

『まずは、挨拶をしない子が居てもいいのではないか』

少し乱暴に聞こえるかも知れませんが
私はそう思っています。

船上故、筆も奔放になります。
故に本音でもあります。
乱文お許しを・・・

そんな事を思いながら・・・

三市青少年の船に参加する事で
毎回新しい体験が出来る事は
我々、大人にとっても大事な研修なのだと
再認識しました。

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高台から下るスロープ。

その先には大海原が観えます。

これからの人生。

その先に何があるのか・・・
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それは12歳の辰年と同じくらい
48歳の辰年も期待と不安で
ドキドキです(^^)
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全ての事業が大過なく終了しました。

第38回三市青少年の船研修に係わった
すべての皆さんに感謝です。
ありがとうございました。

追記;途中、大島での感動的な
お別れシーンに出くわしました。
『しばしの別れ』と『新しい出会い』が
交錯する春・・・年度末です。

昼食後は神津島のてっぺん
天上山登山でした。

狭い登山口から一列に約150人が
並んで行進する姿は迫力でした。

標高550mと聞いていたので
楽勝気分でしたが、その険しさで
思いのほかきつかったです(+o+)
【中腹からの風景】
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登山中、私は黒子的立場である
運営委員として子どもたちの
豊かな表情を観ていました。

往復約4時間の冒険は
子どもたちの心にどのように
刻まれるのか・・・(^^♪

〜つづく〜


6:00起床。

6:20〜
少し早目に民宿を出発。
歩いて『朝の集い』会場の浜辺へ。
雲は多いがまずまずの天気。

誰もいない海。何とも言えぬ解放感。
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そして潮騒も揺らいでいて、
緊張を解してくれます。
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しばらくすると大学生リーダーに引率され
子どもたちがやってきました。
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その後、民宿に戻って朝食。

9:00〜
干物作り体験。
島民の皆さんのご指導により
子どもたちも貴重な体験が出来ました。

一人の女の子が魚を『解体』出来ない様子で
班長と2人で建物から出てきました。
私は彼女に伝えました。

『魚を切るのはオレも苦手なんだ。
嫌ならムリしないほうがいいよ。
ただ、おじさんね、今まで生きて来て
2回しか魚を裁いたことがないんだ。
まぁ貴重って云えば貴重な体験だったな。
じゃあさ、まずはやってみてダメだったら
途中で出てきちゃえばいいじゃん。
ためしにやってみよう(^^)』と。

そして15分後、彼女は・・・
この通り↓↓↓↓↓↓↓↓↓でした。
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なんだか感動して写真を撮らせてもらいました。
子どもの可能性は無限であり、私のちょっとした
一言で行動を起こしてくれたこの少女から
私は勇気と元気と希望を与えられました。

ありがとう。

5:45起床
6:00〜大島到着
地元の業者さんから全員分の朝食
サンドイッチを受け取り、船内へ搬入。

多くのスタッフのお蔭様で
あっという間に終わりました(^^)

10:00神津島到着。

交歓セレモニーでは村長、教育長
観光協会会長を初めとする多くの
村民の皆様から暖かい歓迎を受けました。
全員に振る舞われたつきたてお餅も
美味しかったです。

13:00〜
昼食後、研修プログラムのウォークラリーを実施。

私はスタート地点から最も遠い(たぶん)沢尻海岸担当。
ここで専門部(学生リーダー)と二人で子どもたちに
連想ゲームで問題を投げかけました。

後から後から・・・
どんどん、どんどん・・・
子どもたちの班が来ます。

私たち担当係は指示通り、
一所懸命、連想ゲームをするのですが
ディズニーランド並みの待ち時間に
子どもたちも待ちくたびれている様子が伺え・・・

ケータイメールの指示内容も確認出来ぬほどの
フル回転で約4時間(-"-)

同じ事の繰り返しでこれほど緊張したのは
初めてでした。
タイムオーバーの際、達成感を感じ
二人で固い握手が出来るくらい
意義ある連想ゲーム担当でした。
(そんな訳で連想ゲームの写真が1枚もありません)
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夕食後、お土産タイム。
シーズンオフの神津島ですが
これまたディズニーランド内のショップのように賑やか。

この日のためにお土産屋さんも
たくさん仕入れてくれたようで
最後まで持つかな?の想いもよそに・・・
売り切れはしませんでした。

その後は『島民交流会』
神津島のお歴々から島の民話や伝説など
歴史や文化を学びました。
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22:15〜
運営サイドの会議。
世代を超えて、実のあるミーティングをしました。

今日から4日間
『三市の船研修』で神津島に渡ります。
役職は運営委員でグループ長。
担当はEグループです。

19:00〜旭町公民館くるる
集合・出発。
多くの保護者の皆さんに見送りをして頂きました。

21:00〜竹芝桟橋に集合後、オリエンテーション。
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22:00〜乗船、一路神津島へ出航。
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先ほど会議が終わり、船室に戻りました。

小学6年生の団員約260名、運営サイドの大人が約60名。
係わる全員が素晴らしい体験が出来るよう、
私も私なりの想いを込めて4日間頑張ります。



今日はこの3月を以って、
退職される市職員の皆さんに
ご挨拶に伺いました。

今年度、60歳を迎えた方々は
私が土木作業員になった16歳の頃、
20代後半だったのは年齢を計算すれば
判ります。
みなさん若かったのですね(^^)
(私は子どもでしたが・・・)
懐かしい話もさせて頂きました。

往く人、退職される方へのお別れのご挨拶。
自分なりに一区切りつけたという事。
なぜか、気持ちが軽くなります。

きっとそれはしなければならない事を
終えた充実感でしょう。

永きに渡り、蕨市に奉職された皆さんに
感謝申し上げます。
ありがとうございました。
今後益々のご清栄を祈念致します。
・・・・・・・・・・・・・・
私は明日から『三市青少年の船』で
神津島に渡ります。

富士見市議会議員選挙
同志、おざき孝好氏当選!
富士見市議会議員選挙結果

茨城県北茨城市議会議員選挙
同志、くまだ栄氏当選!
北茨城市議会議員選挙結果

おめでとう!ございます。

今日は蕨宿開設400年記念事業である
『チャレンジウォーク中山道』に家族三人で
参加しました。
【三学院を出発!!!】
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【わらじろうも応援!!!】
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危ぶまれた天気も神風が吹いたと思われる位
清々しい空模様となり、また超満開の桜の下の
家族散歩となりました。
【戸田橋へ〜川岸地内】
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【板橋にて〜サクラサク】
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【日本橋ゴォール!!!】
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【お江戸日本橋の記念碑】
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【わらじろうの隣が娘と私】
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中仙道蕨宿から日本橋までの18・8キロ。
朝8時に蕨を出て日本橋午後1時半。
約五時間半の家族散歩でした。

参加された89名の皆さんは全員が完歩しました。

中仙道の皆さん
観光協会の皆さん
蕨市役所の皆さん
そしてボランティアスタッフの皆さん
ありがとうございました。

或る関係者の方にこう伝えました。
『イメージ以上の結果が出る事は稀ですよね。
まさに今日はその稀な日ですね』と。

そして日本橋の上でその方への
労いも込めて固い握手をしました。
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午後7時半より自治会館にて開催された
蕨宿開設400年記念事業
『クロージングパーティー』に出席しました。

中仙道ウォークの服装のままで会場に行ってみると
皆さん背広姿でビックリ!でした。

来賓席にカジュアル着でひとり((+_+))でした。

除幕式ではわらじろうの石像が登場。
【わらじろうの石像】
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関係各位の1年間のご尽力に
改めて感謝させて頂いた
蕨宿開設400年記念事業の締め、
『クロージングパーティー』でした。

今朝は常磐高速を北上。
北茨城市へ向かいました。

北茨城市は関東ではありますが
3・11の際、津波で甚大な被害を
受けた地域でもあります。

昨年は我が会派、新生会も
視察研修でお世話になりました。
昨年の視察研修ブログ→ココ
同志は2カ月ほど前に立候補を決意したとの事で
最後発の立候補表明だったようです。

選挙カーで移動中の同志を追いかけて
合流し、檄を飛ばして来ました。

落選経験のある者しか知り得ない
ラスト1日の重要性を伝えました。

同志とは、仲間とは何でしょうか?

あちこちに散らばっている同志と
会う度に想うのは・・・
同じ境遇で汗と涙を流した時間は
無駄ではなかったと云う事です。

同志、吉報を待つ!
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