小林リキ活動報告

蕨市で活躍する全力の男・ 小林リキの活動をお伝えするブログです。

2013年07月

我が家に家内の実家から
母が遊びに来ました。

栃木県で一人住まい。
日頃は町内会活動で忙しそうですが
お祭りも終わり、ひと段落、と云ったところでしょう

そして今日はご近所の女の子を預かりました。

そして母と女の子が楽しそうに遊んでいる風景は
とても穏やかでした。

女の子が帰って、母いわく。

・・・『私も楽しかった』・・・

首都圏から離れた場所に一人住まいの母。

過密化と過疎化。

歯止めをかける施策は・・・

孫のようなもの、祖母のようなもの。

二人の小さな背中を観て想うところがありました。

※このblog内容はFacebook・Twitterとの連携をしていません。ここにだけ書き記します。

最近FacebookとTwitterに書き込んでいて、blogはご無沙汰になっていました
久々に趣きの異なった話しを記したいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・
前略、皆様
振り返ると私にとって蕨青年会議所(以下JC)への入会は人生の岐路だったなぁと感じます。
中学の学び舎を出て紆余曲折。
16歳。バイクで土木工事現場に通ったあの頃。その時出逢った協力会社の
職人さんから土木作業員の粋を教わりました。

それから十数年、土木作業、配管工にプライドを持って過ごしました。
二十代で結婚、そして若気の至りで離婚も経験しました。
その前後に蕨JCに入会。道路工事の坑の中で泥だらけだった茶髪男が
リクルートスーツを着るとまるで七五三のように見えると言われました。

JCの素晴らしさは『チャンスは平等』だと思います。
蕨から県南へ、県南から埼玉へ、埼玉から関東へ、
関東から日本へ、そして国際協力、国際交流のステージへ。

蕨で生まれ育った中卒の土木作業員上がりがどこまで行けるか、
今、思い起こすとその可能性に賭けていたのかも知れません。
最終的に当時11,000名会員の関東地区副会長に就かせて頂いた事は
多くの方々の御支援もあっての事だったろうと感謝しています。

仕事オンリーだった私が或る日を境に世間から見ればボランティアバカに
なったことを親兄弟はきっと戸惑った時期もあったと思います。
悩んだ時の母の一言『人生は一度きりだよ』は今、思い出しても・・・沁みます。

そして、多くの先輩達に育まれ、多くの同志と汗と涙を流し、JCライフを最高潮で卒業。

その後JC卒業を前後して蕨・戸田倫理法人会の会長を仰せつかり、
その任期中に代議士公設第1秘書になり足掛け2年。
難しい選挙区事情の中、市議選に立候補、
次点落選の4年間は神仏の試練だと思える現状に感謝です。

器の大きい人。
真に優しい人。
有り難い事に私の取り巻く環境に少なからずいます。

では真に強い人は?
最も強い人は私は青年会議所の先輩[田中良生]だと思っています。
その理由は私が時間を共有した多くの局面で私の想像を遥かに超える英断をしたからです。

禍福は糾える縄の如し。がんばって下さい。

読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

乱筆乱文、失礼しました。

草々

蕨市議会議員 小林利規

午後2時から開催された
(社)とだわらび青年会議所15周年記念事業
木下晴弘氏講演会『魂を揺さぶる本気教育』
〜感動は人を動かす〜にOBとして出席しました。
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冒頭の主催者挨拶は高野治15代理事長。
2001年にとだわらびJCから
田中良生埼玉ブロック会長を輩出した際の
事務局メンバーの最後の生き残り?です。

自己満足のためだけに、受益のためにしか
汗をかかないような世風を一掃するような
組織のために汗をかいてきた男の挨拶は
評論するまでもなく重厚でした。
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木下晴弘講師の講演は『幸せな人生を
送るために知っておきたい5つの法則』に
ついて触れ、マザーテレサや本田宗一郎氏の
逸話を交えての感動的な内容でした。

5つの法則
�〔榲�が変われば人生が変わる
�⊃佑僕燭┐燭發里鷲�ず自分に還る。
�B減濔鞠Г�幸せの第1歩となる。
��[許し]と[感謝]は幸せを約束する。
�ゲ歛蠅噺�き合えたときに人としての成長が始まる。

そして最も心に残った言葉は・・・

蝉は夏のみしか知らず、春秋の存在を知らない。
それどころか、真夏しか知らないので今が真夏だと
云う事さえも判らないと云う件りです。

至って端的に言うと、幸せしか経験してない人は
本当の幸せは分からないと云う事でしょう。

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振り返って・・・私は幸せ者だと思います。

1回めの選挙に落選したおかげで
落選当日に本物の支援者が判りました。

当時、代議士秘書からの転身でしたが
選挙区事情で物理的に応援はしてもらえず
孤軍奮闘及ばずで落選、迷惑をかけたなと
思える代議士がJCの先輩だと云う事も
幸せな事です。

今、私の最終判断に心から異論を唱えられるのは
6年前の落選の夜に事務所に残ってくれ、
2年前の当選の夜に万歳してくれた方々でしょう。

世襲ではないので有難い事に前例に
囚われる事さえ出来ません。

後継候補でもないので真っ白なキャンバスの上で
自ら自由闊達に活動するしかありません。

学歴など気にする事はありえません。
中卒で土木作業員はそれ以前の問題ですから。

あの6年前の百数十票での次点落選や4年間の浪人も
全てサムシンググレートの素敵な贈り物だったのでしょう。

・・・走馬灯のように・・・

JC現役時代はアカデミー研修やインストラクター養成と
云う名のトレーニングで多くの仲間と、多くのいざかいと、
多くの涙と、多くの感動をもらったのだな、と感謝・・・
青年会議所運動を再認識した今日の講演会でした。

我が学び舎、(社)とだわらび青年会議所ありがとうございました(拝)
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【ご報告】
終了後、戸田JCシニアクラブ木犀会
江口雅子会長の指示の下、マクドナルドで
懇談会を開催しました<(_ _)>
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