小林リキ活動報告

蕨市で活躍する全力の男・ 小林リキの活動をお伝えするブログです。

2014年04月

仕事柄、多くの方々とお会いします。

公共施設で、お店で、道すがら、で。

ふとした瞬間に見かける、見覚えのある横顔。

『同級のあのコだ』と思うが、声をかけられない。

『人間違いかもしれない』とも・・・迷う。

同級には思えないくらい若く見える女性に
『同級の小林リキです』と言うのは勇気がいります。

結果、声をかけられず
その時はモヤモヤ感と共に刻は過ぎます。
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このまちで生まれ、このまちで育った証しを
色々な瞬間に感じます。

今日、私の上空を『カーカー』と飛び去ったカラスは
子どもの頃、夕日の中、駆けまわっていた私の
上空を飛び去ったカラスと同じ存在です。

蕨が故郷(出生地)であり、
また古里(子どもの頃の原風景のあった土地)でもある事を
誇りに思うことは私の仕事の源流に確実にあります。
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今度は彼女に声をかけられるよう、がんばり?ます(^_^;)

今朝の通学路。

横断歩道には多くの子どもたちが
学校を目指す日常の風景。

最近は聞かなくなりましたが
『交通戦争』という言葉が
昭和40年代にありました。

まさにその頃、小学生として
交通戦争の戦火?を潜り抜けた私です。

雑木林は伐採され、
砂利道は舗装され、
沼は埋められ、
ヘビもカエルもザリガニも
もういません。

景色は大きく変わりました。

そして今、その少年も中年になり、
むかし通学路だったところに
守り神のごとく立っている
手押し信号、横断歩道の下にいます。

時代は変わっても
子どもは変わりません。

変わったのは取り巻く環境で
変わらざるを得なかった我々、
親のほうかも知れません。

この国の未来のために
道徳教育が見直されたのも頷けます。

自由と自分勝手は反意語だと
私は思います。

自由には責任が伴います。
逆もまた真なり、でしょう。
《今朝の守り神の様子》
image

新学期。

色々な組織の総会シーズンでもあります。

会議は理路整然と進むのが理想でしょう。

しかしそこには当然、出席者の潜在的、
あるいは言動で示される顕在的な感情が存在します。

だからこそ『なんとなくの民意』が大事だと私は思います。

或る問題を洗い出し明確化する事で
新たな、さらに深刻な『問題』が発生すると
予見する場合、多数決は最悪の選択です。
少数の間違っている人を詳らかにする事で得るのは
不穏な空気だけでしょう。

しかし問題は待ってくれません。

故に責任ある者(方々)はよりベターな行動・発言を考えます。

ベストなどではなく、よりベター、です。

そんな会議に責任者として出席する際は
全ての可能性を排除せず事前準備します。

結果、『それ』は私が感謝の対象にすべき『学び』なのでしょう。
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今朝は大きな木の下で人生の大先輩たちと放談会。

その内容は四季折々のように多種多様で
さらに過去と現在の時空を超えます。

青空を見上げると子どもの頃見覚えのある、
しかし最近では珍しい野鳥たちが
頭上を餌(虫かな?)を咥えて飛び交っています。

何とも言えない総会、いやいや爽快感です。

〜ふるさと、蕨・あるいはわらび〜

農園の樹下でこゞろのClean upは完了された感覚を覚えました。
KC3Z0244








※ご迷惑をかけてはいけないので失礼ながら顔は伏せました。

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